逃げるは恥だが役に立つ
※今回は思ったことをつらつら書くだけなので、章分けをしていません。
分かりにくかったらごめんなさい。
前クールドラマで人気だった「逃げるは恥だが役に立つ」。
私も1話目からきちんとリアルタイムで見るほど、大好きでした。
この「逃げるは恥だが役に立つ」という言葉の意味を調べたところ
ハンガリーのことわざで”自分の戦う場所を選べ”という意味らしいのです。
ここからは自分の話となりますが、私は今まで自分は無敵だと思ってました。
特に高校生の頃なんかは自分は死なないと思うほど、とんでもない無茶をしてさらに自分に自信を持たせていました。
他の人と比べるとかなり太めな体系でも、陰で悪口を言われようが堂々としていて
逆にその人たちに聞こえるように「陰口言うくらいなら直接言ってこいよwだっさww」といっていたヤンキーだったと思います。
そのおかげでいじめられた事は無く、女子あるあるのグループにも属さずどこのグループの女の子とも仲良く話せるような人間でした。
大学生になって、大体おんなじ様な感じでいつも周りに恵まれ絶対的な自信を持っていました。
が、大学4年生。
東日本大震災のとき、関東にいて「自分は死ぬかもしれない」という恐怖を持ちました。
たぶん、初めての絶対的な恐怖だったと思います。
自分は何て弱い存在なんだ、こんな一瞬で死んでしまうかもしれないなんてと。
いくら自分が自分に対して自信を持っていても、死んでしまったら一瞬で全てを失ってしまうと。
私は自分が死んでしまうかもしれないという恐怖よりも、自分が今まで恵まれてきて手に入れてきた自分だけが持っているものを失う事に恐怖を感じました。
私が死んでも悲しむのは周りの人だけ、絶対的に私のことを知らない人の方が多い中、ひっそりと死んでしまうのが怖いと思いました。
自殺者が多いという日本ですが、逆に自殺できる人はすごいなと思うときがあります。
私は今まで恐らく、自分の戦うべき場所ではないと感じたら”逃げる手段”をとっていました。
自分と会わない理念の人の下では”働かない”
私に対して嫌悪感を持つ人とは”関わらない”
私は私に無限の力があると思っています。
それは昔から変わりません。
だって、28歳になった今でも自分が何が得意か分からないからです。
わからないという事は自分にはまだ未知な可能性があるのです。
だから、嫌なことはできるだけやらない。
得意な人がそれをすれば良いとさえ思っています。
でも、働いている以上、逃げられないと思うことも多くあるという事も理解しています。
しかも今までやってきたことが無駄になるのでは?
今やめたらお金が入ってこないじゃないかなど考え出したら逃げるための1歩を踏み出すのは怖くなるのは当たり前だと思います。
でも、別に地位とか今までやってきたこととかって誰かのためじゃなく自分のためだと思えば無駄になんてならないのです。
お金だって、実際今の世の中、稼ごうと思ったらアルバイトだってクラウドソーシングだってどうとでもなります。
やったことが無いから無理だろうと思うかもしれないですが、実際はそんなことも無いのが現状です。
だから、逃げるは恥だが役に立つ=自分の戦場を探す。
これって良い言葉だし、今の世の中にマッチしているなーとつくづく思います。
今の世の中誰かのための前に、自分のために!をもっと強くしていければ、誰かが自殺を考えることも減るのではないかと思うのです。
きっと、自殺してしまった人たちも、もしも生きていたらのちのち「なんで自分はあんなに追い込まれていたのだろう」と思う日が来たかもしれないのですから。
もっと日本人は逃げる方法を身につける必要があるのではないかなっと思ったわけでございます( ꒪⌓꒪)
まだ言いたいことはあるけどまた他の機会に!!
では♪